臭いと健康

 身の回りのニオイは、おおまかに二種類に分類することができます。一つは、不快と感じるニオイであり、もう一つは心地よいと感じられるニオイ、例えば花や香水の香りです。心地よいニオイは、匂い(smell)という漢字を当てるのが正しく、臭い(off order)は不快な臭いにだけ使用されます。

 匂いの受容機序(メカニズム)については、Daysonのオスミック振動数:匂いの分子振動が嗅上皮を刺激することにより感じると、Amooreの立体化学説:匂いの分子の形・源香がいくつかあり、それが、それを丁度受け入れるような嗅細胞の受容サイト、つまり鍵と鍵穴に適合すると感覚がおこる等の説が有力ですが、本態は解っていません。

 匂いの基本感覚(Primary sensation of smell)色覚における3原色味覚における4基本感覚のようなものが古くから考えられています。
Zwaardemakerは9種、Henningは6種、Amooreは7種に分けています。いずれも決定的なものではないと考えられます。


 最近では、アロマテラピーという香りにより精神をリラックスさせ、ストレスを解消するといわれる民間療法があります。おもに心地よい香りによる癒し効果を意図したもので、音楽による癒し効果と同様に、精神安定作用があるものと考えられます。

 あまり馴染みのない多くの化学物質の臭いを除外すれば、日常不快と感じられる臭いの原因物質を、類縁の臭いでまとめて整理すれば、それほど種類は多くありません。その生理作用はは主に本能的忌避作用(不安状態からの離脱)だと考えられます。

 人や動物が発する不快な臭い、例えば、汚い靴下(臭いのもとは酪酸)から発生する臭いも、快い果実(りんご)のような香りがするというヒトがいるのも事実です。

 極度の不快臭は体にストレスとなって、不安状態や行動障害を起こすといわれています。1ppm以下の濃度のホルムアルデヒドでアレルギー疾患を惹き起こすヒトがいます。

 臭いのストレスが持続すると神経をいらだたせ、肩こり、不眠症、ときには胃潰瘍の要因にもなるといわれています。

 またβ-ナフトールエチルエーテルやジフェニルメタン、ジペンテン、リモネンなどの石鹸香料や、L-メントール、ハッカ油などのタバコの香料では、血圧への影響はほとんど見受けられませんが、不快臭であるアンモニア5ppm、炭酸アンモニウム10ppm、酪酸15ppmでの血圧上昇は平常値より15~20mmHgの血圧上昇が顕著に見られます。

 ヒトの嗅覚は他の哺乳動物に比べて大きく劣るといわれています。また、強さの識別能力もあまり良くないといわれていますが、イヌのような姿勢で四つ這いになり、鼻を近づけて嗅ぎ分け訓練をすれば、例えばヒトの足跡(臭いのもとは酪酸)を数百メートルも追跡できます。イヌなみの嗅覚をもつことに驚かされます。

 その閾値(ニオイいとして感じる最低濃度の値)は非常に低く、例えば酪酸では0.0001mg/l 以下でも検出できるといわれています。樟脳は0.005mg/l、ハッカ油は0.0000005mg/lなど、しかし嗅覚の閾値には個人差が大きく、温度や湿度によっても微妙に違いがでます。
 また強さの識別能力も劣るとはいえ、3000~10000種の匂いを識別できるといわれています。

 ヒトの嗅覚力は望ましくない物質(不快臭)を検知するのに、他にほとんど匹敵する感覚がないほど優れた能力をもっています。ガスクロマトグラフなどの高度な機器分析結果も、嗅覚による閾値との比較対照がなければ意味をもちません。

 ヒトの鼻は非常に多くのニオイの物質を弁別(感知しうる最小の刺激さ又は最小可知差異)することができます。訓練をされていないヒトでも約2000種類、訓練すれば4000種類以上のニオイも弁別できるといわれています。

      日常的に感じられる不快臭を以下に挙げてみました。

1. 傷んだ魚の臭いはトリメチルアミン、ジメチルアミン、アンモニア、硫化水素、インドールです。

2. 肉などが魚臭と感じられる時、又はその内蔵臭は脂肪の脂肪酸不飽和度と関連しています。また硫化   水素臭も感じられますが、その前駆体は筋肉中の遊離のシスチン及びシステインから、あるいは、
  トリペプチドであるグルタチオンからも由来し不快臭となります。

3. 牛乳の脂肪の酸敗臭は酪酸を遊離します。独特の酸敗臭が生じ、乳リパーゼは乳脂のトリグリセリドから酪酸を遊離し不快臭となります。

4. 腐敗の進んだタラ、マグロ、くさやから腐敗したタマゴ臭に似たジメチルサルファイド、メチルメルカプタン、トリメチルアミン、アンモニア、インドールが同定されています。

5. 納豆、臭いの主体はジアセチルメチルピラジン、各種脂肪酸であり、貯蔵中に自己消化されて、アミン、アンモニア、低級脂肪酸を遊離します。参考までに、あのネバネバの正体は特別な栄養素ではなく、果糖(フルクトース)の重合物です。

6. おしっこの臭いは、おもにアミノ酸の最終代謝物である尿酸です。変臭して生じるのがアンモニア、トリメチルアミン、メチルアミン、ジノルマルプロピルアミン、その他、時には糖の臭いも混じった複合臭です。

7. うんちの臭いは、果実のドリアンにも含まれるスカトールで、その他、インドール、ジエチルサルファイド、ノルマルブチルメルカプタン、イソアミルメルカプタン、硫化水素などの硫黄系の臭いです。

8. おならの臭いは、腸内細菌による代謝、発酵消化過程で産生する臭い(上記7の臭い)で、それらの臭いが、水素ガス、メタンガス、アンモニア、硫化水素などの腸内ガスにより放出された複合臭です。

9. タバコの臭いは、アルデヒド類のアセトアルデヒド、ヘキサナール、オクタナール、メチルアミン等ですが、香気成分であるハッやメントールの匂いも含まれています。室内や車内に染み着いている   臭いはプロピオン酸、イソ吉草酸、ギ酸メチル、メチルメルカプタン、トリメチルアミンなどが高級脂肪酸の油煙とともに壁表面付近に付着、吸着した臭いです。

10. 身体の臭いは、皮脂腺および汗腺から分泌された臭いです。汗に含まれる臭いの成分は各種脂肪酸塩素、尿素、アンモニア、乳酸です。それらの臭いが時間の経過とともに細菌や化学変化(酸化反応)により複雑に変臭し不快臭となります。

11. 病院の外来などで感じられる臭いは、エタノールや塩化ベンザルコ二ウムなどの消毒薬や医薬品の臭いであると考えられます。それらの臭いが患者の化粧品や汗などからくる体臭と混じりあって複合臭となります。

12. 病室で感じられる臭いは、細菌感染による炎症などからくる臭い、多くの臭いは各種脂肪酸の分解物や酸敗臭で、酪酸、プロピオン酸、ヘプタナール;タンパク質組織の分解過程で生じるスルホネート化合物、アミン、アンモニアなどの細菌による分解生成物から発生する複合臭と考えられます。

 その他の臭いとして、アリナミンの静脈注射の際に不快臭が呼気から感じられるといわれていますが、注射液そのものの臭いではなく、ビタミンB1の分解生成物であるアミン臭やアンモニア臭が、その正体であると考えられます。

 同様に、酔った人のゲップや呼気から放出されるアルコール臭には、酵素アルコールデヒドロゲナーゼにより、ごく微量のジメチルアセタールやグリコールアルデヒド等が含まれて不快臭を放ちます。おそらくは類似の化学作用で排出される複合不快臭だと考えられます。

 また、人によっては、他人から指摘される体の臭いは“体臭恐怖症”、惹いては、対人恐怖症の要因ともなるので注意が喚起されます。

 余談ですが、“加齢臭”などといった言葉をよく耳にしますが、年齢により特定される臭いなど存在しません。

生活環境、例えば長年にわたるタバコや飲酒、食習慣、胃炎または歯槽のう漏などからくる口臭、クラシックな整髪料、髪染剤(パラフェ二レンジアミンからくるアンモニア臭等)、あるいは衣服に吸着変臭した脂肪酸や汗の臭い、タバコの臭い、お線香や防虫剤のナフタリン等からくる臭いを加齢臭と表現、呼称したものと想われます。
 生活習慣が似ていれば、老若男女に共通した臭いであり、加齢とともに発生する臭いではありません。

 しかしながら、年をとると身だしなみに感心がなくなり、衣服をこまめに着替えないことによる汗臭などが複合して不快と感じられるので、日常生活においては、特に清潔を心がけることが肝要であると思われます。

 不快臭に対する消臭対策については、いろいろ考えられますが、汚物等の局所的消臭には、スプレー消臭液による直接消臭方法がもっとも効果的な消臭手段です。

 一方、待合室や医療現場などの広い空間に適した消臭処理方法派、静置タイプの消臭ゲル、又は液状の蒸散形式の消臭剤を含めた間接消臭方法が有効だと思われます。

 その他には、空気清浄式などの個別機器による雰囲気消臭法も手間が省け、経済的にも比較的安価な消臭手段であると考えられます。

 むすびとして、これらの臭いの諸問題を解決する消臭脱臭剤の開発は比較的容易ですが、こと人を対称とした臭いの問題はデリケートなだけに、使用にあたり慎重さが求められます。
                              おわり

                 自然科学研究所(株)ライラック研究所
                   研究所長 平岩 節





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