地球外の生命は存在するのか?

      最愛の人は異星人となって元気に暮らしています!

 まえがき
 この自然界には、実に多くの不思議な事象が隠されていて最先端科学をもってしても、未だ到達できない分野がたくさんあります。このエッセーでは
“鏡像異性体”という一般には聞きなれない科学分野の不思議さに想いをかさね、愛する人を失い落胆している人々の心機一転となれば著者の感慨、徹とするものです。なお専門分野の方々には、記述に誤りがあれば、ご斟酌ください。


 鏡で見える向こう側の像は化学的に自然界には全く存在しないもの、すなわち“非天然物”ということができます。

 鏡の前の自分と鏡にうつる向こう側の自分は、分子化学では、お互いを鏡像異性体“キラル”と呼んでいます。150年前、鏡像異性体をはじめて発見した人は、あの有名な細菌学者、ルイ・パスツールです。ぶどう(ワイン)の発酵過程でできる酒石酸に左右の光の偏光性がある二種類の酒石酸が存在することを偶然に発見したのです。

 鏡にうつる像は中学や高校教科書の理科で“光学的虚像”と定義されていることは皆さんもご存じのことと思います。虚像とはその像がそこに実在しないのに、あたかも実在するように見える“幻の像”のことです。

 しかしながら、その“幻の像”こそが、生命現象の根幹を示唆するもので、“いったい生命とは何なのか?”その命題につながる重要な意味が隠されています。

 鏡の前の像はL型(Levo型)と呼ばれ、鏡の左側を現し、同様に鏡の向こう側に見える像はD型(Dextro型)と呼ばれ、鏡の右側を現します。L型とD型は過化学的にも物理的性質においても完全に同一の物質です。すなわち化学反応生成物や沸点、溶解性なども、全く同じ物です。

 私達の生命はそのような化学物質で構成されているので、鏡の前の自分はL型人間で鏡の向こう側に見える自分はD型人間ということができます。いいかえれば“異性人”ということです。

 生命化学の急速な進歩は、近い将来、遺伝子操作技術さらには遺伝子創作技術を駆使して、あらゆる種類の鏡像体生物を本物そっくりな“人造生物”としてつくりだすことは想像に難くありません。

 今話題の細胞の核を入れ替えて創作したクローン人間の比ではなく、生命の構成要素の何から何まで完璧に、時間や空間こそ共有できませんが自分と瓜二つの人間の創作だと想われます。

 しかしながら、それらの生命はあくまでもこの自然界には存在しない非天然生物であり、SF映画でお馴染みの“アンドロイド”なのです。

 鏡像異性体人間はお互いに見かけはもちろんのこと、性格や感性、癖までが全く同一の人間なのです。本物との違いがどこかにあるのでしょうか。

 私達の体を構成するうえで重要な役割を担う物質はタンパク質です。タンパク質はα-アミノ酸という物質から構成されていますが、何故か、すべてL型の配置をとっています。L型の鏡像異性体人間、すなわちD型の人間は、一体どのような人間だと考えられるでしょうか。

 前文で述べたように自然界には全く存在しない人間ということができます。自然界に存在しない人、 “神様や仏様”それとも“彼岸の人々”を指すのでしょうか。

 自然界に存在しない人間という意味は、“地球以外の自然界”なら存在するかもしれない人間のことです。

 航空宇宙局(NASA)の惑星探査の目的の一つは、他の惑星に生命が存在するのか、存在するとするならば、生命がL型の生命なのか、D型の生命なのか、それを知る手掛かりを探索することにあります。その結果によって私達は、“何処からきて何処へ向かうことができるのか”その命題を解く鍵を予測できると考えているからです。

 生命の秘密の一端が、アミノ酸から見えてくるかも知れません。お馴染みのL-グルタミン酸(商標:味の素)は調味料などの旨味成分として幅広く利用されていますが、鏡にうつしたD-グルタミン酸には、L型にみられる旨味は全くありません。

 旨味の有る無しを論じるまえに、その味覚を感じるD型の味覚受容体を私達は持ち合わせているのか、いないのか本当のところ解らないからです。この地球上の住人として必要性がないのかも知れません。

 しかしながら、」不思議なことに私達はD-グルタミン酸を苦味として感じることができるのです。苦味は水で希釈し薄めていくと、しばしば甘味として感じてくることがあるのは何故でしょうか。

 砂糖が貴重品であった時代、終戦後から三十年代の一時期まで、代用甘味料として使われましたが、発ガン性を疑われて使用禁止になった食品添加物、わずかに甘い香りのするサッカリンの錠剤(甘味度は砂糖の500倍)、
 また肝臓障害を惹き起こすので禁止になったズルチン粉末(甘味度は砂糖の250倍)の入った細長い小ビンを戸棚からこっそり持ち出して口に含んだ経験が、団塊の世代の人であれば記憶にあるかと思われますが、甘いどころか苦味を感じたことを覚えていませんか。

 一方、生体を構成する“甘味物質”は何故か、アミノ酸とは正反対のD型の化学構造(例えばブドウ糖はD-グルコ-ス)、鏡の向こう側の物質からできています。D型の物質は非天然物なのに、なぜ砂糖は天然物として存在するのでしょうか。実際に、L型の糖では動物や植物は体内で栄養源として消化吸収し、代謝活動に利用することができません。

 体内で絶えず起っている化学反応は、酵素の生体触媒作用に依存していますが、酵素は何故か天然物のみに作用する性質、“立体特異性”を示します。

 酵素によって瞬時に進む生化学反応も、酵素がなければ単純に100億年以上の年月、時間を必要とするので、私達は一秒たりとも生存することは不可能です。

 酵素はアミノ酸から構成された有機化合物で、ビタミンやミネラルを従えると、まるで生き物のように、その立体構造を変化させる不思議な性質をもつ低分子のタンパク質です。体内で起る化学反応のスピ-ドを速めたり、遅らせたりする制御も、また酵素の働きなくしては成立しません。

 ロシアの科学者メンデレーフが考案した、お馴染みの“元素周期律表””にある化学元素やその化合物を触媒として用いても、同様の制御を行なうことは不可能なのです。

 では、鏡の向こう側の物質、天然物として存在するD型の糖類(砂糖,ブドウ糖,澱粉等の糖質)は何故、代謝活動に利用されるのでしょうか。その謎を解く鍵が、ニオイのセンサーである鼻の嗅覚受容体にあるかも知れません。

 1952年スエーデンの科学者、JE.アムーアは匂いの正体、その分子構造を立体化学説で説明できると提唱しています。すなわちL型のレセプター(匂いの受容体)に合致したものは同一の匂いとして感じるもので、分子量の大小に関係せず“鍵と鍵穴”の関係で合致すれば同一の匂いを感じると説明しています。

 ニオイを感じ取る鼻の嗅覚センサー派、経験測として高い信頼性があるのに疲労しやすく、疲れると香りや臭いの判別がいい加減になることがあります。

 では何故、鼻は疲れやすいのでしょうか。その意味を立体化学説で説明がつくのでしょうか。私は嗅覚受容体が大まかに、極性のサイトと非極性のサイトから成立していると考えています。

 分かりやすくいえば、匂いの正体が水に溶ける物質なのか、油に溶ける物質なのか、概して二つの性質から成り立つ双極性型の神経細胞であると考えています。

 非極性のサイトでは立体化学説に良くあてはまるデジタル的な油性の匂い、すなわち香料等の芳香性物質を感じる部位ですが、嗅覚細胞の脂質に溶けて残留し易い性質があるので、匂いの判別が曖昧になり、鼻につき易い、切れの悪い匂いということができます。

 極性のサイトは、非極性サイトに比べてニオイの閾値(ニオイを感じる限界値)がアナログ的であり、個人差の影響を受け易く、それを無視しても、空気中の温度や湿度といった外乱に微妙な影響を受け易い部位でもあります。

 私達の嗅覚感度は、さほど高いものではありません。特定のニオイを判別する行為を何回も繰り返すと脳の疲労が起り、その判別が曖昧になります。

 その理由は、おそらく脳に伝達する神経インパルスの波形が乱れ、嗅覚連合野がストレスと勘違いするからではないかと考えられます。

 余談ですが、消臭脱臭剤の開発は、このように鼻の嗅覚受容体の特有な性質も考慮しなければ、求められる消臭剤の開発はできません。

 単に物理吸着や化学吸収だけの作用効果だけで消臭脱臭剤を製造しても、必ずしも目的とする効果は期待できません。

 私は、経験からD型の嗅覚受容体は存在しないと考えています。しかしながら不思議なことに、L体の匂いもD体の匂いも同一の匂いとして感じることができます。

 D型の嗅覚受容体が無いとすれば、D体の匂いを感知することができないはずなのに、これは一体何を意味しているのでしょうか。

 爽快な柑橘類の香りのリモネンという物質を例にとれば、L-リモネンがレモンの香り、鏡像体であるD-リモネンがオレンジの香りといわれています。

 この違いは不純物であるα-ピネン、ミルセン等の精油が混じり合う。匂いの調合ノイズからくる違いであり、精製して純度をあげていけば殆ど同一の香りになります。つまりは、鏡像異性体は純粋であれば、同じか殆ど似かよった匂いを持つことになります。

 重要なことは、異性体の一方が香り、他方が“無臭”である例が未だに発見されていないという事実なのです。

 それゆえ、味覚同様に嗅覚刺激の基本過程が、酵素による化学反応系と異なる系統に属していると考えられます。

 味覚や嗅覚は生命の進化過程で最初に発達し、敵や仲間、食物を認識するうえで、ともに重要な“距離感覚器官”の一つであり、地球上に誕生した生命が生存するのに不可欠で、普遍的条件を必要としたからではないでしょうか。

 それゆえ、他の感覚器官よりもエキセントリックに重要であり、化学現象と独立した仕組みとして進化し、生命現象にある種の融通性もたせて成立させたと考えられるからです。

 科学技術の目覚ましい進歩によって、近い将来SF映画のように懐かしい“故人”との再会が電波望遠鏡を通じて実現できるかも知れません。それを暗示させる、いくつかの証拠が発見されています。

 それは地球外生物、“エイリアン”と思われる微生物の存在です。何者かが何の目的で何時、何処の惑星から送りこんだのでしょうか。

 一方、うがった見方をするならば、人間社会の経済発展がもたらす環境破壊や天変地異による環境の激変を予想し、虎視眈々と次の生命につなげる種子を用意していたとも考えられます。

 地球の誕生以来、生命や物質誕生に関わる仕掛人でもある細菌や微生物の中には、“D型のタンパク質”を栄養源として代謝活動に利用し、今日まで生き長らえ棲息しているものがいます。

 その細菌や微生物の正体はペニシリウム属の一種、“アイランドカム”やバシラス属の病原細菌の“炭疽菌”、さらには一夜でキノコの姿形を失って溶けてしまうアメーバー茸の“粘菌テング茸”です。

 それらの微生物を摂取すると、人体に“生体不斉合性”という代謝活動におけるアンバランスをひき起こし、激しい吐気や腹痛に襲われます。時には死に到ることもあります。

 L型の生命である生体が、D型の物質に対してジグソーパズルのように、うまく組み合わせ適合させることができないからです。

 獲得形質遺伝により、DNAの設計図からコピーされたRNA、生体形成を触媒するL型酵素に対して広く非特異的に作用するので、酵素が関わる代謝過程を無差別に阻害し、生体化学反応全体を無秩序と混乱に陥れるからです。

 その意味は、地球上の生命は宿命として、“微生物から恐竜”に到るまで、二つの可能な形、L型かD型の一方のみの物質を生成し、それを利用しているという事実なのです。

 D型の物質や、それを利用する生命が必ずしも人体に対する毒性の有無を意味するものではないだけに現時点ではそれらの影響を推し量ることはできません。

 医薬品の開発過程でD型の化学物質だけを効率的に合成し利用する研究が盛んに行なわれています。しかしながらD型の物質で、しばしば薬害がひき起されることも知られています。
                          (参考)睡眠薬サリドマイド

 皆さんが日常的に疑問視されている遺伝子組み換え技術で誕生した、大豆や野菜などの漠然とした不安は、この辺りに重なるのではないでしょうか。

 さて、話が長くなりましたが、鏡に手をかざして見てください。手の向きが反対に見えるのは当然ですね。では、どのようにすればL型とD型の鏡像が、お互いに手品のように完全に重ね合わせることができるでしょうか。

 答えは、鏡の前のL型の自分が姿形、構造形状を失ってゼリーのように液状化したときです。

 その瞬間“光学活性”という鏡が壊れてキラキラと“キラル”が夕日に輝く桜の花びらの散逸し、空間化(※絶対空間)してしまうからです。

 飛躍した発想を観点とすれば、おそらくこの宇宙が光学的磁場を中心とした鏡体状の対称時空間でできていて、DとL型の二つの古郷を、人生を共有している可能性があります。

 鏡の向こう側にあるD型の自分は、“合わせ鏡”のように、向こう側から見れば、現実の姿、実像であり、幻の映像ではないと考えられます。

 鏡の前の自分が日々生活しているように、時空の遥か彼方の、“もう一つの古郷”は宇宙の何処かの惑星に実在し、途方もない時間差があるからこそ、その星に元気に暮らす、もう一人の自分自身なのです。私達はその姿を鏡にうつるD型の鏡像を透して、かいま見ていたことになります。

 人が亡くなって、お星様になるという、おとぎ話や童話など、“メルヘン”の世界は現実にあり得る話として想像が広がります。

 そして鏡の前のL型の私と、鏡の中のD型の私が完全に重なり、合一した時は地球を離れる“旅立ちの日”を意味し、“異星人”となって夜空に輝く星の世界の住民に還ることになります。   
                                終わり

※絶対空間:造語で、宇宙空間を構成する磁場の中心軸、合わせ鏡の境界に相似、時間を超越した空間を意味し、例えばタイムトンネルやトワイライトゾーン。

《参考》オリオン座、獅子座流星群OMC-1の巨大分子雲で偏光性を持つ分子がサブミリ波電波望遠鏡で確認されています。 (国立天文台)

                  山田野かかしの自然観察記から抜書.
                    2005年1月31日.WEBで公開

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